" /> 犬を飼うということ。「ペットショップは悪なのか?」という問いへの最終回答 | シン・犬の十戒

犬を飼うということ。「ペットショップは悪なのか?」という問いへの最終回答

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ネット上を見渡せば、「ペットショップで犬を買ってはいけない理由」や「日本 ペットショップ なくならない理由」といった言葉が常に検索されています。

一方で、「ペットショップで買って何が悪い」と反発する声や、「ペットショップで買う人 嫌い」と嫌悪感を露わにする声など、命の売買をめぐる議論は平行線をたどったままです。

果たして、ペットショップは悪なのでしょうか。

結論:犠牲の上で成り立っているのに、悪じゃないわけがない

当たり前ですが、結論から言えば、生体販売というビジネスモデルは間違いなく「悪」です。

なぜなら、ショーケースに並ぶ可愛らしい子犬たちの背景には、見えない「犠牲」が確実に存在しているからです。

金儲けのために繰り返される交配、時には強制的な交尾や人工授精。親犬の健康や遺伝性疾患のリスクを二の次にし、ただ「今売れる人気の犬種」を大量生産するシステム

それらはすべて、命を「在庫」として扱う前提で回っています。

数え切れないほどの犬たちの痛み、苦しみ、そして命の搾取。

これほどの犠牲の上で成り立っているシステムが、「悪じゃないわけがない」のは、当たり前の話です。

それでも「ペットショップは悪くない」という人たちの正体

しかし、これほどの事実を突きつけられてもなお、「すべてのペットショップが悪いわけではない」と擁護する人たちがいます。

彼らの大半は、自分自身の行動を正当化したい「飼育者」や、「ペットビジネス従事者」です。

動物好きを自認し、ペットへの愛情をアピールすることが大好きな飼い主にとって、自分自身が「動物を苦しめる悪のシステムに加担した」という事実は、絶対に認めたくない不都合な真実です。

だからこそ彼らは、一見するとペットを大切にしているような耳障りの良い言葉を使います。

「私たちは『信頼できるペットショップ』からお迎えした」

「やめた方がいいペットショップもあるけれど、良いブリーダーと提携している店もある」

彼らの論法は共通しています。

すべての非難を「悪質ペットショップ」や「悪徳業者」という一部の存在だけに背負わせるのです。

しかし、いくら自分を擁護するための屁理屈を並べたところで、需要(買う人間)がいるからこそ、大量生産のシステムが回っているという根本的な「負の連鎖」の一員であることに変わりはありません。

同じシステムの中にいながら、自分たちだけは純粋な愛犬家であるというスタンスを取るのは、少し卑怯な責任転嫁ではないでしょうか。

最も象徴的なのが、「どこから迎えるかではなく、責任を持って飼うことが大事」という言葉です。

一見もっともらしく聞こえますが、これは完全に論点をずらした「逃げ」の言葉です。

目の前の1頭を可愛がることと、その裏で犠牲になっている親犬たちの地獄を見て見ぬふりをすることは、本来全く別の問題なのです。

「飼育者第一主義」というグロテスクな構図

こうした自己正当化の根底にあるのは、犠牲になるペットの命よりも、人間の都合を優先する「飼育者第一主義」です。

ネット上で「評判の悪いペットショップ ランキング」を探す消費者は、犬の福祉を案じているわけではなく、「自分が病気の犬を買わされて損をしたくない」「悲しい思いをしたくない」という、あくまで自分本位なリスク回避に過ぎないのです。

自分の人生ストーリーを豊かにし、癒やしを得るために子犬を買い求める。

自分の目的のために、ペットの生き物としての目的でもある「繁殖の権利」すらも去勢・避妊手術で奪いさる。

人間の子には絶対にできない酷いことをしておきながら、自分にとって人間の家族以上の存在だ!とアピールする。

厳しい言い方をすれば、そこにあるのは「犬の命や尊厳 < 自分の欲」という圧倒的な力関係であり、家族でも愛情でもなく支配です。

ペットショップとは、この「金儲けのために大量生産する業者」と「自分の人生を彩るために可愛い命を消費したい飼い主」という、互いのエゴと欲望を結びつけるためのプラットフォームに他なりません。

問われるのは、買い主たちの「欲」への自覚

誤解しないでほしいのですが、私はここでペットショップで犬を買う人すべてを、ただ責め立てたいわけではありません。

資本主義の社会において、合法的に売られている商品を買う行為自体は自由なので、「自分の人生を豊かにするために、お金を払って命を消費している」と本人が自覚し、割り切っていることに対しては、外野が口を挟む余地などないのかもしれません。

法律に違反しているわけではないのですから、そういう割り切った消費者が一定数いるのは、仕方のない現実です。

しかし、本当にタチが悪いのは、自分の欲で命を買い叩いたにもかかわらず、自分を「犬を優しく愛する、動物想いの善人」だと勘違いしている人たちです。

SNSを開けば、今日もそんな自称愛犬家たちが、耳障りの良い言葉を撒き散らしています。

「このショップで一目惚れして、運命の出会いを感じました」

「お迎えして我が家の大切な家族になりました!」

お願いですから、そうやって自分の加害性を隠蔽した美しいストーリーで、他人の購買意欲を刺激するのはもうやめにしませんか。

あなたが発するその「感動のストーリー」こそが、次の消費者を呼び込み、裏にいる親犬たちの地獄を長引かせる極上のプロモーションになっているのです。

「可愛いから買う、自分のために消費する」というエゴを、さも純粋な愛情であるかのようにラッピングして市場を煽る、その欺瞞こそが、最も罪深いのではないでしょうか。

誰もが自分のエゴと欲望に正直になり、自称愛犬家たちが綺麗事を言うのをやめてくれれば、この歪んだ市場も少しは静かになるはずです。

そうして「自分の飼育欲を満たすことが最優先」な自称愛犬家たちが全員消え去ったあとに、裏の犠牲にまで想像力を働かせ、命の尊厳を最優先に考えられる、本当に犬を愛する人たちだけの優しい世界が訪れることを、心から願ってやみません。

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